日本を訪れる外国人の増加に伴い、医療通訳の需要が高まっていることをご存知でしょうか。実は、日本の医療通訳者の多くは医療者ではありません。そのため医療への知見がある医療者による通訳のニーズが高まっているのです。
筆者は実際にタイで医療通訳を利用していました。通訳者の日本語レベルは高いものの、医学知識のない通訳者では通訳内容に不安が残り、医療者が医療通訳を担う意義を強く感じていました。
「医療資格を活かしつつ働き方を変えたい」「語学が好き」「得意な語学を活かしたい」と考えている医療者の方におすすめしたいのが医療通訳です。
この記事では、医療通訳に求められるスキルや医療者が医療通訳になるメリットについて紹介します。
桑野ナオさん
医療知識と語学力を活かして新しい働き方を見つけましょう。
医療通訳とは
医療通訳は、医療現場で医療関係者と外国人患者の間で通訳をすることです。診察に立ち合ったり検査や服薬説明、入院や手術に関する説明を通訳したりするなど、あらゆる場面で言語的な手助けをします。
医療通訳は、医療者と外国人患者の国の違いによる文化や習慣、医療への考え方も理解し、お互いが理解し合えるようコミュニケーションのサポートをします。[1]
医療通訳が必要な理由
医療現場では、複雑な説明であったり医療用語を用いられたりする場面が多いです。治療のメリット・デメリットを正確に伝えるため、患者の背景や感情までくみ取れる医療通訳が求められます。
機械翻訳は簡単な会話であれば役に立ちますが、話者の表情や声の調子などの非言語的メッセージを捉えることはできません。
桑野ナオさん
医療通訳は、患者が自分の意思で治療を選択し、納得して治療を受けられるために欠かせない存在だといえるでしょう。
医療通訳者の役割
国が異なれば、言語だけでなく社会的背景も異なります。医療通訳は言語的なサポートに留まらず、患者の文化・習慣・宗教・社会的背景にも配慮したサポートも求められています。
今までの医療通訳は、家族や友人など医療知識を持たない方が担う場面がほとんどでした。医療現場では医療知識がなければ通訳が難しい内容が多々あります。
桑野ナオさん
医療の現場では、患者の自己決定の権利や守秘義務、適切な情報提供が受けられるなどの倫理的な問題もあるでしょう。
厚生労働省は専門教育を受けた医療通訳者の介入を推奨しています。医療通訳者はただ通訳するだけでなく、患者と医療現場の間で円滑なコミュニケーションによるサポート力が求められています。[2][3]
医療者が医療通訳者になるメリット
医療者が医療通訳者になる最大のメリットは、医療現場で培った経験と知識、そして語学力を活かせることです。
日本では、医療者でない一般的な通訳者が医療通訳者として働いているケースが多くみられます。そのため通訳者としての語学力に加え、医療知識の習得も必須となります。
医療知識を持ち、臨床経験がある医療者の場合は、通訳スキルを習得することで即戦力になれるでしょう。医療現場で得た、疾患や検査・治療の流れなどの知識は、通訳として患者をサポートする際に重要なスキルになります。患者が医療現場で抱く不安や困りなどを推し量ることもできるでしょう。
桑野ナオさん
医療者であれば、医師をはじめとする医療従事者と、お互いに医療知識がある者同士としてコミュニケーションができますよね。
言語面での通訳者としてだけでなく、医療チームの一員として患者に関われるため、医療知識を持っていることは大きな強みになるでしょう。
医療通訳に必要な4つのスキル
厚生労働省が策定した「医療通訳育成カリキュラム基準」では、医療通訳者は大きく以下の4つのスキルが必要だと説明しています。[1]
- 語学力
- 医療知識
- 倫理観
- 通訳スキル
語学力
通訳者には、母語(日本語)と英語などの対象言語において十分な語学力が必須です。語学知識だけでなく、発音・アクセントを習得できていないと対象言語でのコミュニケーションは難しいでしょう。語彙が豊富で、正しい文法知識があり、言葉を適切に使えることが求められます。
桑野ナオさん
医療通訳者として働くために必須の国家資格などはありません。
医療通訳には民間の資格があり、試験によって求められる言語基準は異なります。たとえば「医療通訳育成カリキュラム基準」では、語学力の目安として以下の講習受講基準が求められています。
- 英語:CEFR* B2 以上
- 日本語:日本語能力試験 N1 以上
医療知識
- 病態や疾患の知識
- 検査や薬剤の知識
- 自国だけでなく、他国の医療分野における知識
医療通訳者は、体の器官名称や働き、一般的な疾患名や病態などの医療知識が必要です。医療者の説明を理解し、わかりやすい言葉で患者に伝えなければならない場面が多くあるでしょう。
桑野ナオさん
医療知識を持っていることは、医療者が医療通訳者になる大きなメリットの一つです。
倫理観
通訳者として医療者同様、職業倫理の理解と実践が求められます。
- 中立・公平な存在であること
- 守秘義務を守ること
- 「忠実性と正確性」のある通訳をすること
- 医療通訳の役割境界を明確にすること
- 異文化理解と文化仲介ができること
桑野ナオさん
医療の現場では、患者に対する配慮や公正な判断力が必要となるでしょう。
通訳スキル
医療通訳で重要なスキルは、相手のメッセージを忠実かつ完全に聞き取ることです。発言を聞きながら「意味を理解して記憶し、ノートにとり、正確に伝達する」技術が求められます。
語学力、医学知識のどちらも持っていても、通訳スキルを独学で身につけるのは難しいでしょう。
桑野ナオさん
医療通訳専門の講座などを受講し、実践に生かせる通訳スキルを学ぶのもおすすめの方法です。
医療通訳者に必要な資格はある?
現在(2024年10月時点)、日本では医療通訳者の公的な資格はありません。資格を保有していなくても医療通訳として働くことが可能です。
厚生労働省は医療通訳の認証を統一するため、2020年に医療通訳認定制度を策定し、医療通訳の質を保証する取り組みを始めています。
日本の資格だけでなく、海外の医療通訳者資格を取得し、海外企業と契約して日本在住でもオンラインベースで就業する働き方もあります。[4]
資格名 | 認定国 | 受験資格 | 認定方法 | 有効期限 |
---|---|---|---|---|
ICM**認定医療通士 [5] | 日本 | 原則20歳以上 ICM認定医療通訳士講習会(ICM指定)の受講 | 1)医療通訳試験合格者認定 2)実務者認定 | 4年認定継続には、指定条件を満たした上で、更新可能 |
NBCMI [6] | アメリカ | 18歳以上高校卒業資格TOEIC:730以上 40時間の指定講座受講 | 資格試験に合格オンライン受験可能 | 4年更新 |
CCHI [7] | アメリカ | 18歳以上高校卒業資格40時間の指定講座受講 | 資格試験に合格オンライン受験可能 | 4年更新 |
桑野ナオさん
医療通訳としての資格は必須ではないため、医療者が語学力を活かして働くことは十分可能だと言えるでしょう。
医療通訳で外国語スキルと医療知識を活かそう
今後需要が高まることが予想される医療通訳。リモートワークの普及により、電話やビデオ通話を利用して、日本国内外で働くことも可能となり、働き方の選択の幅もひろがっています。
桑野ナオさん
筆者も海外在住時、母国語でコミュニケーションが取れる環境を心強く感じていました。
いざというときに、安心して医療を受けられることは生活する上でとても重要です。医療通訳者が医療者だと分かれば利用者の安心感が増すことは間違いありません。
現場での経験とコミュニケーション力は、医療通訳者にとって不可欠なスキル。医療者にとって、医療の専門知識と語学力を活かせるやりがいのある仕事ではないでしょうか。
医療通訳講座
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