今回は、学校法人医学アカデミーグループの大理さんにお話を伺いました。
薬剤師国家試験予備校として有名な薬学ゼミナールのグループ会社、学校法人医学アカデミーグループで働く大理さん。新卒で入社しどんなキャリアを歩まれているのか、キルギスでの薬剤師国家試験作成の裏側、学生時代の話から将来の展望までたくさんお話していただきました!
松岡磨衣子
今回の記事は、前編後編に分かれています。
前編記事では、自己紹介やキルギスでの薬剤師国家試験作成について伺いました!
漫画の主人公に憧れて、薬学部へ進学
ーーさっそく、大理さんの自己紹介をお願いします。
学校法人医学アカデミーグループの中島大理(なかじま だいすけ)と申します。
薬剤師国家試験予備校として有名な薬学ゼミナールも、学校法人医学アカデミーグループのグループ会社のひとつであり、他にも薬剤師への研修事業、登録販売者の試験支援などを実施しています。
社会人としては7年目で、現在は新規事業の企画やメディア系の仕事をしています。23年4月からは国際事業も兼任で、キルギスでの医療に関わるプロジェクトも実施します。
ーーそもそも大理さんは、なぜ薬学部に入ろうと思ったのでしょうか。
実は、そこまでに薬剤師に興味があったわけではありませんでした。
薬学部に進学したきっかけはシンプルで、当時「鋼の錬金術師」という漫画が大好きだったから。そのなかに、化学に関連する内容がでてくるんですよね。
その化学を使いつつ収入の安定した職業を考えると、たまたま薬剤師にたどり着きました。
今考えると、安直に進学先を選んだな……と思ってます(笑)。
キルギスでの薬剤師国家試験づくり
ーーSNSにて、キルギスで薬剤師国家試験を作成していたというお話があり、どんな業務をされていたのかな?など気になっておりました。
中央アジアのキルギス共和国でJICA民間連携事業「キルギス国薬剤師継続教育及び国家試験開発事業普及・実証・ビジネス化事業」で現地駐在員を3年間担当していました。
現地では、薬剤師の職能基準を作ったり、薬剤師国家試験策定に協力したり、現地薬剤師への試験設計・運営、AMR(薬剤耐性)対策事業に携わっていました。
他には、国際金融公社(IFC:世界銀行のグループ)の「キルギス国におけるリハビリ病院開設に向けたフィージビリティ調査」、ソロス財団、UNODC(国連薬物犯罪事務所)の「キルギス医療用麻薬適正使用推進プロジェクト」にも従事していました。
キルギスでの仕事に至った経緯
ーーありがとうございます。キルギスでお仕事をすることになった経緯やその時の様子など教えていただけますか?
まず前提として、僕は入職してから固定の職種に就いたことがありません。
薬学ゼミナールと聞くと薬剤師国家試験対策予備校だと思われがちですが、製薬企業の研修や登録販売者の資格取得支援、介護施設、病院、薬局、障害者支援の飲食店などすごく幅広く事業を展開しているので、新規事業が立ち上がりやすい環境です。新規事業に1年目の頃から携わり、薬局の管理薬剤師にチャレンジさせていただいたり、法人の広報の戦略をやったりしていました。
そんな中、当時の上司の海外事業にチャレンジしてみたいという夢が叶い、海外事業のお誘いがきました。その内容は、キルギスで保健省(日本での厚生労働省)の大臣が薬剤師出身者に変わったため、「薬学ゼミナールさんで何かやりませんか」という話でした。
上司が現地に視察に行って保険省の大臣から話を聞いてみると、「薬剤師国家試験を作るプロジェクトが始動しているが、なかなか進んでいない」という状況でした。
当時から、キルギスでは薬剤師国家試験がなく、国内3つある薬学部のうちどこかを卒業したら薬剤師になれるという制度だったんです。保健省としては、国家試験を作ってバラついた薬剤師の質の向上をしたいという思いがありました。
そこで、弊校の薬剤師国家試験予備校で実施している事業を上司が紹介したところ、キルギス保健省から「ぜひ協力していただきたい」と、お声がけいただきました。その後は、JICAの民間連携スキームを活用して、海外事業がスタートしました。
会社にとっても初めての海外事業なので、まずは駐在員を置いて確実に進めたいということで、ありがたいことに私にお声がかかりました。しかし、初めての海外駐在で英語もロシア語も全くできません……。でも、20分は本気で考えて「面白そうだから飛んでみよう」と決めました!
ーー決断するまでがとても早いですね!
薬学ゼミナールがこれまで作り上げてきたデータを生かして、キルギスで国家試験を作成するような流れだったのでしょうか。
そうですね。
問題データベースもありますし、テスト分析に関しては全国の薬科大学から好評いただいている分析能力もあります。もちろん青本のような教材作成能力もあるという強みもありました。
キルギスの薬剤師は、5年に250時間の生涯学習の学習義務があるんです。制度自体は2018年に始まりましたが、実際には教育提供側が、稼働できていない状況でした。
そこで薬剤師国家試験の作成とeラーニングの普及を薬学ゼミナールがお手伝いすることになり、集客から試験設計まで現地に入り実施させていただきました。
初年度は約160名の薬剤師さんに高血圧と糖尿病の薬物治療に関するeラーニングを受講し、JICAの方にも「現地の薬剤師の方にも知識が上がった」とコメントをいただきました。
詳細は、JICAホームページに報告書がありますので、そちらを見ていただけると嬉しく思います。
通訳や上司もいて、法人全体のバックアップもありました。何より現地スタッフの熱意が本当にすごかったです。
日本人とは違った特性を持っていて、数字の計算や細かいことは苦手な印象でしたが、「何が何でも絶対突破する」という行動力に、僕は助けられてばかりいました。
ーーエネルギーあふれるキルギスの方々と一緒に作り上げていかれたんですね。
本当にそうなんです。
キルギスの保健省の方もすごくサポートしてくれました。いろんな価値観を取り入れる方々でしたね。
当時、キルギスの薬学部の卒業試験には薬理学と病態生理学がありませんでした。
まさかそんなことはないだろうと思い、テスト2000問以上を分析しましたがやっぱりありません。日本でいうと生薬、経営学、物理化学、薬物動態のない製剤学だけが試験科目でした。
もともとキルギスという国は、1991年にソ連が崩壊し独立した国です。当時、薬局が不足したので、経営学を強化して病態生理学や薬理学がおざなりになった背景がありました。
現地の保健省からは「キルギスの薬剤師は薬のことを全然知らず、販売員となっている」と言われていました。
しかし、現地で薬学に関わる多くの人と対話し、現地の人たちの声は薬学教育の向上を願っている人たちばかりだと気がつきました。キルギスの大学の先生方も「薬学教育のレベルを上げたい」と思っていたし、現場に行って薬局の経営者や従事者から話を聞けば「薬理や病態もちゃんとやりたいけども教材が不足している」ということでした。
全員が前向きにプロジェクトに協力してくれたので、日本の自分たちの価値観を押し付けるのではなく、現地の意見をとりまとめて日本の解決方法を使うという仕事の仕方でしたね。
ーーお互いにとって、いい形でいいものを作り上げていかれたのだなと感じますね。
薬剤師のプロフェッショナルスタンダード作成のお仕事
1番大きな事業は、薬剤師の職能基準(プロフェッショナルスタンダード)を作るプロジェクトでした。
そのきっかけは、キルギスの薬学部の先生が一堂に会する、今後の薬学部のカリキュラムを決定する会議に出席したときの議論でした。
ある先生は「キルギスの薬学部はこれから生薬を強化すべきだ」と言いましたが、ある先生は「いや違う、キルギスには製薬企業が少ないから経済学と作る技術の方が大事だ」と。またある先生は「今の薬局では薬を渡しているだけだから薬理や病態を強化すべきなんじゃないか」と議論がすごく白熱しました。
全部正しいように聞こえますが、職能基準つまり薬剤師の目指すべき方向性が決まっていないというボトルネックがあったから起きた議論でした。
キルギスには薬剤師のプロフェッショナルスタンダードがなかったので、薬学ゼミナールが協力して作ることになりました。そこから日本薬剤師会やロシア、ベラルーシ、カザフスタン、オーストラリア、イギリス、FIP(国際薬剤師・薬学連合)が出しているプロフェッショナルスタンダードを全部読みました。それをもとに半年かけてたたき台を作り、日本の大学の先生にみてもらい、現地の保健省を中心に意見を聞きに行きました。
よくテレビや新聞で協議会や検討会という言葉を耳にしますが、ワーキンググループのメンバーの1人として協議会を複数行い法律を作る、というお仕事でした。
ーー関わってきたことのない分野かつ大規模なお話で、面白く聞かせていただきました。
ありがとうございます。実際は超泥臭い仕事です(苦笑)。
作ることよりも聞くことが仕事なので、現地の意見を聞きまくりました。
しかし、1-2時間の全体会議では、ワーキンググループメンバー全員とは話せないという問題点がありました。そこで、参加メンバー約27名に意見を聞きに行って、聞いた意見を次の会議に反映させて、論点をまとめ、また会議にかけて、訪問して、また会議にかけて……とほぼ寝ないでやっていた記憶が残っています。
聞いてまとめての繰り返しで、やっていることは本当に地味でした。でも、最後に完成した時はワーキンググループのメンバーに感謝され、キルギス保健省からは法人宛に感謝状をいただきました。あれは、めっちゃ嬉しかったですね……!
初期事業開発だからこそのブルーオーシャン
ーー貴重な体験談ありがとうございます。他にもリハビリ病院開設にむけての事業や医療用麻薬適正使用推進プロジェクトに関わられていますが、国家試験関連のつながりからのお仕事なのでしょうか。
キルギスでは、スイスが医師と看護師の医療教育に携わっていましたが、薬剤師の医療教育に関与していたのは、海外では弊校だけでした(但し、各国の製薬企業の医薬品学習は除く)。
なので、日本の医療が入ってくるとなると、キルギスでは名前が勝手に知れ渡っていきました。国際医療の現場裏でかなり情報共有されていて、WHOや国連、世界銀行などが集まる「ドナー会議」というものに私たちも呼ばれました。
薬学ゼミナールがリハビリの学校を運営しているとを知った世界銀行の方から、リハビリ病院について調査してほしいと依頼を受けて、日本から専門家に来てもらいリハビリ病院の調査に携わることになりました。
他にもキルギスでは、医療用麻薬の使い方が、法律制度の面でも医師の知識の面でも遅れていました。そこで日本のものを現地に教えに行くことになり、アテンドさせていただきました。「真のブルーオーシャンって勝手にこんなに依頼がくるんだ、すごいな」と、体験して改めて感じましたね。
WHOなどはNCD(Non-Communicable Diseases非感染性疾患)の対策が今後大事だと言っています。私はNCDなら薬剤師が活躍できると思っています。高血圧、高脂血症、糖尿病などは、服薬コントロールが大事なので、薬剤師が活躍できる寄与が大きいと肌感覚でも感じました。
NCD対策が国際的なトレンドになっている今こそ、薬剤師がもっと世界で活躍できるんじゃないかと改めて思いました。
ーーキルギスでの薬剤師の価値向上にすごく貢献されていたのですね。
キルギスの人たちが、すごくやる気があったんです。
もともと僕たちが来なくても20年後30年後にはもっと活性化されていたものが、日本の技術が入って少し早くなっただけなんじゃないかなと思っています。
教育って押しつけになっちゃいけないので、現地の声は大事にしていました。
松岡磨衣子
前編の記事はここまで。
後編の記事では、人生を考えたターニングポイントや現在の働き方、これからの展望について伺っています。
大学の友達からお説教?キルギスで部下から顔面平手打ち?やりたいことの見つけ方など、大理さんのオリジナルなエピソード万歳なのでお楽しみに!
後編記事▶︎こちらから
取材・編集:松岡マイ
Twitter:https://twitter.com/dairi0301
薬剤師ライター:中川 あやさん
大阪薬科大学卒。地元の調剤薬局で薬剤師として従事する傍ら、ライターにも挑戦。
”いつでもどこでも働ける”を目指して自分の働き方を模索中。「読んだ後、その先の行動へつながる記事」を目指して執筆しています。
SNS(X):https://twitter.com/laugh_a_a
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